“なぜ僕はオブジェばかりを集めるのか”

Living with Objects

気がつけばオブジェやフラワーベースばかりのギャラリー・ショップになったいま、なぜオブジェばかりに傾向して、オブジェばかりを集めてしまうのか。オーナーの個人的な自己分析の話。(※お暇な人向けの雑談記事です)

物が売れない時代といわれる不景気に、なんの実用性もなく、ただただ空間の場所を我が物にしてしまう存在、その名も『オブジェ』この日本という土地、さらには京都というゲキ狭な町で、なぜオブジェを集めに集めて、お店まで持ってしまったのか。自分でも理解できないこの性分を少しづつ紐解いていこうと思う。

そもそもオブジェって?

〜ここからgood is good.夫婦で喋りながら進めます〜

▼ Yohei(owner)
“オブジェ”ってすごく定義が曖昧ですよね。はっきりいいますが正直僕もよくわかっておりません。アート作品と呼ばれるものもあるし、作り方や作風によっては彫刻(sculpture)と言われるものもあったり。確実に言えることは、『立体物』をオブジェといいますね。平面の物ではオブジェとはいいませんね。以前、フランス人のお客さんがよく遊びに来てくれていて、オブジェの語源はフランス語のobjetだと聞きました。その人が言うにはフランスでは、『服でもカバンでも空き缶でもなんでもオブジェと言うよ』って教えてくれました。すなわち本来の意味では “物”=”オブジェ” なんですね。

オブジェってなんやろう?今YUKA(妻)が聞かれてパッと思うオブジェってなんやと思う?

▽YUKA(妻)
一番最初に思い浮かんだのは、『“美しい”の かたまり』自分の中にある、”この色合いかわいい!”とか”このラインが美しい!”とか”この質感好き!”みたいな部分に直接触れてくるもの。

▼ Yohei(owner)
作り手にとっての、美しいのはじまり。その人が見てる”美に対するフェチズム”ってことやんな?

▽YUKA(妻)
今は、受け取る側として答えているけど(自分もアーティスト活動もしているので)、受け取る側が勝手に自由に“良さ”を決められる、受け取れるものかな。

▼ Yohei(owner)
受け取る人の美しいと思う”どの琴線に触れる”かはわからないけど、”美しいを詰め込んだ結晶”みたいな?

▽YUKA(妻)
うん。一番最初に浮かんだのはそんなことかな。

▼ Yohei(owner)
なるほど。YUKAは作り手でもあると思うんだけど、僕自身は、取り扱うものとして考えていたり、自分もユーザーとして、なんでここまで欲しくなるのかな?とか考えていることが多い。たとえば食事で言ったら、『毎日の食事』とは違って”イタリアン”とか”フレンチ”を食べに行くみたいなことと似ていて。その中でもオブジェは”食後のデザート”なのかもしれない。飲み物だったら水じゃなくお酒。趣味ではゲームするとか。さっきの話題で言うと、『美の琴線に触れる』の部分を埋めてくれるものって、別に洋服でも食器でもいいと思う。例えば、作家さんが用途のある食器を作って、受け取る人が、「この急須の注ぎ口の曲線がめっちゃ好きで!」みたいなことがあるわけで。“使う”ことは無視して、”美”だけを追求して集める人もいるやん? エアコンマニアとか、換気扇マニアの人とか世の中にはいろんな物のマニアがいて、それこそさっきのフランスの本来の意味のobjectに変換したら、やっぱり”物”全てが”オブジェ”になって、各々で美しいなって思うものがオブジェになり得る。

脱線したけど、元の意味の“オブジェ”というものに話を戻すと、やっぱりなんか必要のないものに対して対価を払って、その人の『どの欲求や五感を満たすのか』という話で。食事で言うと1日に必要な栄養素とカロリーさえ満たせば点滴やサプリ、完全栄養食で済むし。でもそれだけやったら”満たされない心の部分”があるわけやんか?そこを満たしてくれるのが外食したりとか、ジャンキーなもの食べたりとか、お酒飲んだりとかそうゆことやと思っていて。服だって生きていく最低限となれば、怪我から身を守る、暑さ・寒さから身を守るだけいいし、ファストブランドとかAmazonとかにもっと安い物もある。これも人それぞれだけど、でもそれだけじゃあ満たされないものがあったり、個性とか、自分らしさみたいなところが欲しくなって、アクセサリーをつけたり、化粧もするし、髪の毛も染めたくなるし。そう掘り下げて行ったときの一番コアなところにある、自分の内側の心を満たしてくれたり、個性を引き出してくれるのがオブジェなのかなって気がしてて。絵画とか、お花とか植物もそうなんかもしれなくて、言っちゃえば立ち位置はオブジェの親戚なんやと思う。暮らしに必要ではないけど、それでしか満たせないところがあって。僕が思うオブジェは『用途がない物』になるのかな。

でも“良いオブジェ”ってなに?ってなったら、YUKAの言う『“美しい”の結晶』とか、『作り手のフェチズムが詰め込まれている物』とか違う要素が出てくるんやと思う。

▽YUKA(妻)
そうやね。オブジェ好きの人たちで面白いなって思うのは、身の回りの必要な物を全部取り揃えて『もうお腹いっぱい』ってなってから、オブジェを手に入れるわけではなくて、『そのオブジェを見たときにどうしようもなく離れられなくなって連れて帰る』みたいになるやん?

▼ Yohei(owner)
そうやね、僕らのタイプはそうなる。

▽YUKA(妻)
だからなんか中毒性があると言うか。どうしても必要な物じゃないけど『何日も食事我慢して、あそこのフランス料理食べにいこう』みたいなことなんかな?

▼ Yohei(owner)
冒頭で言った、家の中ではただ場所をとるだけの用途のない存在=オブジェ。でも、前もインスタとかで発信したかもしれないけど、『ペットみたいな存在なんです。』って僕は言うやん?道具がオブジェに昇華したって言う例外はあるけど、それを除いたら、唯一、生き物以外の存在で、帰宅時に自分を迎えてくれる存在がオブジェやと僕は思っていて。なんか僕の感覚で絵画とかは、”猫”みたいな感じで。気ままに空間に居ると思っていて、自分側が『今日はこんな風に見えるな~』とか、見るために歩み寄って行く感じ、『今日も美しいな~』とか。変な言い方するけど、上下関係で言うと絵画の方が自分より上みたいなところがある気がするねん。

▽YUKA(妻)
ふふふふ。うんうん。

▼ Yohei(owner)
オブジェの方は、ペットで言うと”犬”って感じで、迎えてくれるのよね。そっぽ向いてる感じじゃなくて、しっぽ振っておかえり!って言ってくれる感じ。なんかそれとリンクしているのかはわからないけど、日本の昔の家の玄関にある、キジとかワシとかのでっかい置物とかもさ、

▽YUKA(妻)
はははは!

▼ Yohei(owner)
完全に言ってるやん『おかえり!』って。木彫りの熊とか。

▽YUKA(妻)
そういえば、おばあちゃんが家出ていく時と帰ってきたときに玄関に置いてる全部の置物の頭なでてたわ。カエルとかきつねの置物全部一つ一つ。

▼ Yohei(owner)
そうそう。なんかそんな感じがあるなぁって思って。うちで扱う無名の作り手の作品はそんなに高価じゃないかもしれないけど、今話している“オブジェ=場所をとるだけの物”にしてはわりと値段がしっかりする。けど、そこに対して対価を支払った瞬間、めちゃくちゃ特別な存在にかわるから不思議。

例えば家帰ってさ、同じ5万円のもので、腕時計とオブジェがあったとしよ。購入したばかりのときは身に付けられる腕時計がめっちゃ好きかもしれへんし、そこは比べられへんのかもしれんけど、ある程度慣れてきたときに、家に帰ってきて無意識に目がいく方向ってオブジェの方なんちゃうかな?って思うねん。

空間の中で、インテリアの中で、衣食住の中の必要な用途は満たしてはくれないけど、家族とか、ペットとか、そう言う存在になり得るんかなって思っていて、実際オブジェってそう言うはじまりやったんかなって。ここからは何にも知らんと想像で言うけど。お守りとか、トーテムポールとかさ、おじぞうさんとか、そういうのがオブジェのはじまりなんちゃうかなって思ったり。

そういう物って何かを具現化したり擬人化した結果そういうカタチが生まれたりしてるのかなって思うから。何かの思いが込もっているはずやし、思いを込めないと作られへんし。反対に、道具はなるべく我を無くして無個性で、本当に用途だけの美を追求した方が良い物になるって僕らは思うやん?

でもオブジェってなんも用途のない物を生み出すからには、我が子を生む時と同じくらい、やっぱ愛がないと作っちゃいけないし、作れない、生まれないものなのかなって思うねんな。

▼ Yohei(owner)
そうそう。なんでオブジェを集めるか、やんな。

▽YUKA(妻)
うーん、なんでかなぁ?

▼ Yohei(owner)
また話が逸れてしまうかもしれないし、でもなんかそこに通じてる話ではあるんやけど、もともと“人と違うものを持ちたい”って性格が僕たちにはあって。人が持っていない物に興味があるし、見たことない物に出会いたいし、見たことない物で美しかったら即欲しくなる。って言う特性は僕らは元々持ってるよね。そこに根本的な軸足があるから、そもそもみんなが持っている物はあんまり興味がないし、たとえ美しいオブジェであっても、みんなが「いいよね」って言ってたら、手に入れたくならないよね?

▽YUKA(妻)
うん。

なんかその、私たちが思わず手にしてしまう物には”唯一無二感”があるよね。もう今連れて帰られへんかったら一生会えへんみたいな。”世界に一つ”に近いっていう感覚は、かなり後押しになっているかも。

▼ Yohei(owner)
そうやな。後押しがあるし、今、世の中に”物”ってめちゃくちゃ溢れかえってるやん?”情報”も溢れかえってるやん?だから、ネットでも買えるしさ、情報沢山みつかるから、「いいな」って思った物でも、探せば「あ、どこでも売ってるんや。。。。」ってなる。そこへのがっかり感て言うのが大きい。自分がせっかく足使って見つけた物で、ここでときめいたのに、「あぁ、皆んなが知ってるメジャーなアイテムだったんだ。」って。

▽YUKA(妻)
うんうん、それ、よく言ってるよな。

▼ Yohei(owner)
うん。

ファストブランドとかで買った無地のTシャツ数百円とかが他の人と被るんは全然良いけどさ、雑誌の表紙を飾ったような、みんな知ってるハイブランドで知り合いとペアルックになったらめっちゃ恥ずかしいやん。その感覚にちょっと似てると思うねんな。それが、マイナーなドメスティックブランドとかでかぶったら、『気が合いますね』的な仲間ができて、それは良いと思うねんけど。

▽YUKA(妻)
もともとの数が少ないから

▼ Yohei(owner)
そう。マイノリティー同士が奇跡的にここで出会ったって言う話で。そこはでかいよね。

▽YUKA(妻)
そこがでかいって言うのは、なにの?いろんな物に対して?

▼ Yohei(owner)
そうやな。全部の物で。

でも、”安心とか安全”を求める物が世の中にはあるから、たとえばハサミとか包丁とかは、よく切れる・耐久性があるとか、安全性とか。それはメジャーな物とか認知度や人気度に比例すると思うねん。だから用途のある物は、メジャーなものを選ぶ傾向にあるかな。

それが作家さんの物とかオブジェとかアート作品とかに変わると、知名度って物の良し悪しと関係あるのかな?って思う。

自分が好きだったらそれで良い!(good is good.)って思うし、それは古道具の世界が好きやった時からもそうやけど、騙されたとか、価値の有無とかじゃなくて、自分はこれが好きで、そのものに対して『1万円だったら払える』とか『いやいや僕は10万円払える』とか。『いや、タダ(無料)でも要らん、ゴミや。』とか、そう言う世界やんか。

それが、僕自身は用途の無いものはなんでもそうやと思うから、人気の物・大衆が求める物、そこに対するアレルギー反応はあるのかもしれない。本当に美しい物を求めているのか。人気だから求めているのか。いつもすごく疑問に思ってしまう。実際作家さんの作風も流行りの作風ってあるし。だからうちのお店ぐらいは、そうじゃない物、少数派の物を『良い』って言ってもいいんじゃない?って思う。実際、全国での活動は少ないアーティストでも、物凄く美しい、他にない作品を作る人は沢山いるし。参加アーティストで言うと波多野くんとか、野村さんとかわかりやすいよね。すごく活動範囲は厳選されているけど、作られているものは素晴らしい作品ばかりだよね。

波多野祐希・オブジェ
野村瑞穂・オブジェ

▼ Yohei(owner)
彼らのような、全国区ではまだ知られていないアーティストが、とんでもなくクオリティの高い作品を作っていた時に、僕は全ての五感が高揚するねんな。「まだこんな素敵なものが世の中に発見されず隠れていたんだ!」って。何かの研究をする人らと感覚は似ているのかも。そういう感動をみんなにも届けたいし、僕自身未だ見ぬそういう物をピックアップしていきたいんだよね。でも天邪鬼だから素直にセレクトできないんだけど・・・・

▽YUKA(妻)
そうだよね。私もそういうものにワクワクする!

ちょっとこの話、答えがあるのか、たどり着くまで長い道のりになりそうね。
いつになるか未定だけど、つづきは第二弾に持ち越しましょうか。

▼ Yohei(owner)
賛成 笑

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